芸能人の生き様

中田敦彦の生き様|過去の経歴まとめ

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「YouTube大学」。

これを聞けば、本日取り上げる人がわかるのではないでしょうか?

そう、今回の主人公はオリエンタルラジオの中田敦彦さんです。

芸人1年目で大ブレイクを果たし、その後いくつもの壁を乗り越え、現在はYouTubeを中心に実業家、芸人として活動されています。

そんな彼の生き様見たくないですか?

さて、クイズです。

彼は宮迫さんにとあるTV番組を超えようと提案します。
その番組とはなんでしょう?

答えは動画・記事の中で!

プロフィール

名前:中田敦彦
出身地:佐賀県
生年月日:1982年9月27日

章構成
  • 努力の塊
  • 相方のチャラ男が大ブレイク
  • Perfect Human

【努力の塊】

中田敦彦ことあっちゃんは1982年佐賀県にて生まれます。

しかし、生まれて2、3ヶ月後には父親の仕事の都合で大阪へと引越します。

あっちゃんの父親は転勤が多く、大阪で9年過ごしたあと、山口に引越すことに。

そして山口で4年過ごして中学3年生の時に東京へ引越し、その後はずっと東京に住んでいます。

そんな転校が多かったあっちゃんですが、幼少期はとても優秀だったそうです。

幼稚園の頃には両親に「漫画を買ってよ!」と言い、漫画をたくさん持っていたそうなのですが、

・ことわざ

・歴史

・手塚治虫

の漫画しかありませんでした。

なので、小学生の頃は、ことわざや歴史のことはほとんど頭に入っていたそうです。

そのおかげでそこまで勉強をしなくても、クラスで3本の指には必ず入っていました。

何度もお父さん、お母さんに感謝したと言っています。

また小学生の頃はサッカーをしており、早い時期からレギュラーを獲得していました。

さらに運動会の時も応援団長、また生徒会長などを積極的にこなし、かなりモテてていたそうです。

しかし、その後は転校もあったため、中学、高校では全くモテなかったとか。

その上、中学、高校は友達がほとんどいませんでした。

そしてその頃から、アメトークで、勉強大好き芸人や高学歴芸人として出演するぐらい勉強ばかりしていたそうです。

中学生の頃から東京大学を目指していて、その勢いのまま超進学校の高校に入学します。

そして、高校に入りますが、その頃の彼は人とコミュニケーションをとるのが苦手でした。

なので、コミュニケーションの勉強のためにテレビを見るようになったそうです。

そこで、ダウンタウンさんや千原ジュニアさんの影響を受け、お笑いが好きになっていきます。

そして、高校時代は勉強をするか、テレビを見るかのどちらかになってしまい、徐々に学力が低下していきます。

そんな生活を送っていたので、友人はおらず放課後に遊んだ経験が全くないそうです。

また「彼女が欲しい」「遊びたい」という気持ちはあったらしいですが、その解決方法が分からなかったので、勉強をやるしかなかったとも言っています。

ただ、勉強もやっているうちに限界が見えてきたらしく、

「あれ?ここまでしかいけないのか。どうしようやばい」

と思っていたんだとか。

そんな彼は元々勉強好きで、あらゆる勉強方法を自分で試していました。

その勉強方法の1つなのですが、とてもユニークです。

夏休みに猛勉強をするためにまず睡眠を取らないようにベッドを壊します。

そして体と椅子を縄で縛り離れないようにし、左右交互に眼帯を装着。

左右交互に目と脳を休ませながら、30時間休むことなく勉強したこともあったそうです。

しかし、その勉強方法はよくなかったらしく、倒れてしまいます。

身体には異常がなかったらしいのですが、病院の先生からは

「体は正常ですが、発想が異常です」

と言われてしまいました。

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YouTubeの動画も撮影の前に本を読んで勉強するそうですから、昔から教育系YouTuberの素質があったのがわかります。では、続きを見ていきましょう。

高3の時には勉強をさぼってしまい、お笑いのテレビばかり見るようになりました。

そのため目指していた東京大学は無理だと思い、センター試験を諦め慶応義塾大学に向けて3教科に集中!

そして2001年慶應義塾大学に入学します。

これが彼の運命を大きく変える出来事になります。

大学に入ったあっちゃんは、高校から抱いていた芸人になる夢を果たすために、親友とコンビを組みます。

そして、インディーズのライブや学園祭に出場したり、積極的に活動をしていきます。

学園祭では練りに練ったネタが受け、あっちゃんはプロを本気で目指そうとしていました。

しかし、相方さんはお笑い芸人になる気は全くなく、解散してしまうのでした。

そんな時に出会ったのが、相方の藤森慎吾さんでした。

2人の出会いはアルバイト先。

24時間やっている事故の受付センターで彼がバイトをしていて、そこに藤森さんが入ってきたのでした。

入社したのは少しだけあっちゃんの方が早かったそうですが、その少しの間にも関わらず、バイト仲間の間でおもしろいと噂になるほどの実力があったそうです。

そんな噂を聞いていた藤森さんは、あっちゃんと初めてシフトが一緒になって会ったとき衝撃を受けました。

なぜなら、その噂は予想以上であっちゃんの周りにはバイトの仲間が集まっていて、踊るさんま御殿のさんまさんくらいの爆笑をとっていたからです。

そして、その初めて会った日から友達として徐々に仲良くなっていきます。

あっちゃんはファッションセンスがそこまでなかったらしく、お洒落だった藤森さんにアドバイスをもらうなど、初めは友達として仲良くなっていくのでした。

実は藤森さんは「何でもいいから芸能界に入りたい」というチャラ男でした。

ある日あっちゃんの学園祭お笑いライブ動画を見つけ、「あっちゃんこんなのできるの!?」「これ一緒にやろうよ!」とお笑いへの道を提案します。

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最初あっちゃんは断りますが、藤森さんの説得の末、コンビを組むことになります。

彼がコンビを拒否していたのは、前の相方が元々親友でうまくいかなかったからです。

なので、藤森さんとの関係を崩したくなかったと言っています。

コンビを結成したその日から練習を開始したそうですが、いざ練習を開始した途端、あっちゃんはネタを何度も修正するほど本当にストイックだったので、藤森さんはその練習ですぐに嫌になった、と言っていました。

そんな2人がその後も練習を続けていく中で、NSCに入る前に一度ライブに出ておこうということになり、とあるライブに出たそうです。

そこでなんど数組中、2位になります。

その時に手応えを感じた2人は「いけるかも」とNSCに入ることを決めるのでした。

しかし正直に言うと、あっちゃんは以前に組んでいた親友のこともあり、藤森さんが少しノリが軽いということで、NSCにいくことをためらっていました。

ただこのライブでやっと踏ん切りがついたようです。

そして、NSCに入るまでにネタを100本書いてから入ると決めるのでした。

なぜこの時に、100本のネタを作ろうと思ったかと言うと、先輩にNSC選抜の人がいたらしく、その人から「ネタは100本作っておいた方がいい」という一言が頭に残っていたそうです。

そして100本作ってコンビを結成してから、半年後にNSCに無事入ります。

NSCに入った彼らは、それまでに練習もこなしていたため、すでに入学と同時に漫才もできるようになっていました。

ある日先生へのネタを見せる時があり、若手のネタはほとんど見ない厳しい先生だったにもかかわらず

彼らがネタを披露した時は様子が違い、しっかり聞いてくれました。

その先生からは、「君たちはMー1の準決勝にいく」と言われます。

そして、彼らはM-1の準決勝に本当に進出してしまいます。

それから、エンタの神様にも出ることになり、一気に大ブレイクするのでした。

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この大ブレイクは日本中に名前を轟かせるきっかけとなりました。流行語大賞にノミネートされるほどです。しかし、それも長くは続きません。

オリエンタルラジオは一気にお笑い界のトップスターになるわけですが、あっちゃんは、この大ブレイクに浮かれなかったそうです。

逆に「このまま売れたら、まずい」と思っていたのだとか。

ただ、彼らの勢いは瞬く間に日本中に知れ渡り、芸歴1年目でレギュラー番組を10本も抱えることになります。

しかし、番組を仕切るMC力に欠け、先輩芸人に圧倒されるなど、売れていながらもしんどい時期を過ごすことになります。

そして彼らが売れ始め、1年ぐらいが経った時のことです。

「とんねるずのみんさんのおかげでした」のコーナー「もじもじ君」に出る機会がありました。

しかもその時、M-1で優勝した勢い絶頂期のアンタッチャブルさんとの共演でした。

人気爆発中のアンタッチャブルですから、オリエンタルラジオは勢いに飲まれ、何もできずに終わってしまったそうです。

そして収録終了後にあっちゃんは石橋貴明さんに

「何もできずにすみませんでした。」

と謝りに行ったら、石橋貴明さんから

「10年早かったんじゃない?」

とさらっと、きついことを言われることもあったそうです。

そして、彼らはその後も奮闘しますが、売れてから3年ぐらい経った時に、レギュラー番組がなくなり、一世風靡したオリエンタルラジオは少しずつ姿を見なくなっていきます。

当時10本あったレギュラーは全て終了したのでした。

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芸能界の洗礼を浴びる彼ら、、、さて、これからどうなるのでしょうか?

【相方のチャラ男が大ブレイク】

一気に人気が全国区になったので、自分でも認めるほど天狗になっていたそうです。

例えば、藤森さんが同期と喋っていたら、

「しゃべんな。あいつら別に意味ないから」

と言うこともあったそうです。

ただ、レギュラー番組が全て終わってしまったオリエンタルラジオの勢いは完全になくなってしまいます。

あっちゃんは、クイズ番組などにも出ますが、ブレイクし切れずに不遇の時代を過ごします。

そして数年が経ち、オリエンタルラジオにまたチャンスが訪れます。

しかし、このチャンスはあっちゃんではなく、相方の藤森さんでした。

オリエンタルラジオがしゃべくり007に出演した時に、藤森さんが大爆発するのでした。

藤森さんの女遊びの遍歴を暴露する際に、藤森さんが「ノリよく言います」と言い、すごいポップに遊んだ女性の職業や時期などを暴露し、しゃべくりメンバーが大爆笑します。

そして、それがきっかけとなり「チャラ男」キャラクターの大ブームがやってくるのでした。

そして、そこでまたオリエンタルラジオが注目されることになります。

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相方がは売れますが彼にとってはつらい日々を過ごすことになります。

オリエンタルラジオは藤森さんチャラ男キャラで番組に引っ張りだこになりますが、あっちゃんは、「藤森慎吾さんに置いていかれた、、、」とショックを受けていました。

そもそもオリエンタルラジオが売れたのも、自分のおかげではなく、二人の力だとも思っていたそうなので、複雑な気持ちだったそうです。

ストイックなのと真剣にお笑いと向き合っているからこそ、劣等感を感じることになります。

それに焦りを感じ、ここから5年ぐらいずっと彼なりの試行錯誤を続けるのでした。

そんな中、2012年にはアナウンサーである福田萌さんと結婚するなど、プライベートは順調。

ただ、芸人としてモヤモヤした気持ちは拭いきれなかったと言っています。

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藤森さんに劣等感を感じてしまいますが、あっちゃんの努力はここから一気に花が咲くのでした。

【Perfect Human】

そしてある時、「三代目 J SOUL BROTHERS」の「R.Y.U.S.E.I」を見て、

「三代目 J SOUL BROTHERSになりたい!」

と思い立ったそうです。

そして、ダンサーだった弟に電話して、ダンサーを集めてくれとお願いします。

さらに相方の藤森さんも一緒に、「RADIO FISH」を組むことになります。

あっちゃんは「三代目 J SOUL BROTHERSになりたい!」と言う気持ちが強かったらしく、なんとしても三代目 J SOUL BROTHERSになるために活動していきます。

しかし、彼には歌が下手という欠点がありました。

なので、RADIO FISHの一曲目は正々堂々と口パクで歌うという行動に出ます。

しかし、それはファンの方から大ブーイングが起こったそうです。

それに懲りずに、次の策として、テクノロジーの力を使います。

しかし、テクノロジーの力をもってしても、納得のいくものができなかったそうです。

でも、どうしても「三代目 J SOUL BROTHERSになりたい」という願望を忘れることができずに、周りに協力をし続けてもらいます。

そして、ついにあの曲が生まれるのです。

そう、「Perfect Human」です。

彼の願いは叶い、RADIO FISHの「Perfect Human」が大ブレイク。

さらに、紅白出場まで果たすのでした。

そこから、オリエンタルラジオ再び日本中に旋風を巻き起こしていきます。

しかし、彼にはある悩みがありました。

それは一生懸命テレビをよくしようと思っても、周りと対立してしまうこと。

自分が良かれと思ったことが認められないこともあったそうです。

または、テレビの収録で自分がいいと思ったシーンはカットされていたり、テレビでは「自分のやりたいことはやれないな」と感じます。

そして、2017年にある出来事が起こります。

ダウンタウンの松本人志さんへの批判です。

これは、脳科学者の茂木健一さんがツイッターで日本のお笑いを批判したことで、松本人志さんが反論した時に、中田敦彦さんが茂木健一郎さんに同調したというものでした。

ただ、あっちゃあんは吉本興業とはしっかり話をしているようですし、今も吉本に在籍しているので、このことは丸くおさまったかもしれませんね。

とはいえ、お笑い界を引っ張る松本人志さんの意見に対して、自分の意見をぶつけるのは、すごいですよね。

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そんなこともあり、徐々にテレビ業界へのモヤモヤが募っていた時のことです。彼はやっと自分の居場所を見つけるのでした。

それがYouTubeでした。

2019年、「中田敦彦のYouTube大学」で動画配信を始めます。

それがまた一気に大ブレイクします。

なんと動画配信スタートたった5ヶ月でチャンネル登録者数100万人を突破。

日本史、世界史、文学、現代社会、有名書籍の解説など幅広いジャンルを取り上げ、それを講義のような感じで説明していくもの。

実はこのスタイルはYouTuberとして活動しているキングコングの梶原さんこと、カジサックさんのYouTubeに出演した時に「教育系YouTuberになりなよ」と言われてできたスタイルだそうです。

それが見事にハマり、急激にチャンネル登録者数を増やしていきます。

また、彼はYouTubeを始める時は、あのメンタリストDAIGOさんを参考にしたそうです。

ただ、DAIGOさんとは全くターゲットが違うと悩んでいました。

しかしその時に教育系YouTuberに目をつけるのでした。

ただ、これも専門にしている人の論理的な思考では勝てないと思い、辿りついたのが、お笑いの要素を入れた「エクストリーム授業」でした。

※エクストリーム
中田敦彦のYouTube大学では疾走感を意味する

そのコンセプトが一気に認知され、彼は一気にYouTube界に名乗りをあげたのでした。

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自分のやりたいことを全てやれる居場所を見つけます。ただやはり試練が訪れます。

それが炎上です。

というのも、彼がYouTubeにアップした「イスラム教をわかりやすく解説してみた」で話した内容が専門家から間違っていると指摘を受けたことがきっかけでした。

ただ実は、以前から「誤っている部分が多い」と指摘されていたこともあり、大きな騒動となりました。

とはいえ、彼にとってはあまり影響を感じておらず、その後も今まで通り動画をアップし続けています。

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これまでにつらい日々を過ごしてきたのと、あっちゃんの芯ある性格にとって、炎上はあまり関係がないのかもしれませんね。

YouTubeで動画配信を始めて1年とちょっとですが、現在チャンネル登録者数が278万人です。

さらにサブチャンネルで

・中田敦彦の2nd YouTube

・中田敦彦の英会話「Nakata’s English」

も開設しており、新しいジャンルにも挑戦を続けています。

現在は、お笑い芸人、YouTuberだけではなく、RADIO FISH、幸福洗脳というアパレルブランドを立ち上げ店舗も持っており、さらには青山学院大学経営学部で客員講師もしているそうです。

さらにカードゲーム「 xeno(ゼノ)」も発売していますし、いろんなビジネスを手がけています。

また、ジャンル問わずいろんな方とコラボしており、ラファエルさん、ヒカルさん、宮迫さん、カジサックさん、DAIGOさんなど。

その中で特に気になったものがありまして、宮迫さんとのコラボ動画です。

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なんとYouTube版アメトーークを始動すると話していました。

始動理由は、宮迫チャンネルとあっちゃんのチャンネルを大きくするためです。

そのためには今の宮迫チャンネルにはないもの、そして皆が待ち望んでいるものが必要だという事で、宮迫さんにはタブーになってるアメトーークを越えようと提案していました。

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しかし宮迫さんにとってアメトーークは実家のようなもので、アメトーークを超える・超えないという話ではありません。

そこで更にあっちゃんが提案したのが、勢いあるYouTuberや芸能人をゲストに呼んだトーク番組。

あっちゃんがそのゲストをリサーチして宮迫さんにプレゼンし、宮迫さんが聞き役・MCをし、ゲストの面白さを引き出す形式。

この企画には宮迫は背中がビビッと来たそうで、「絶対にいける!」と言っています。

そもそもアメトーークのコンセプトは「能力があるのに日の目を見ない人を何とかしてあげたい」という番組だったので、あっちゃんとの企画でも、そういった人たちを盛り上げたいと意気投合してました。

生き様研究家

これはイキザマchのコンセプトととても似てます!

イキザマchのコンセプトは有名YouTuberや芸能人、そして勢いのあるYouTuberを取り上げていき、その人の魅力・生き様を伝えていく事です。

ぜひ、僕をゲストに呼んでください(_ _)

【まとめ】

いかがでしたでしょうか?

若くして、大ブレイクしたあっちゃんですが、つらい時もあったはずです。

しかし、何事も諦めずにやり切ったからこそ、今があるのだと思います。

実際に、彼は近畿大学の卒業式の公演で、「諦めない」ことの大切さを語っています。

あっちゃんの生き様を見て、諦めないことの大切さが再確認できましたね。

今後もどんな行動をしていくのか期待したいですね。

イキザマチャンネルの糸山がお送りしました。

参考URL